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収蔵庫・書庫のカビをどう防ぐか|文科省「カビ対策マニュアル」に基づく点検と初期対応

2026/08/31

収蔵庫や書庫でカビが出たとき、最初にすべきことは「消毒」ではありません。隔離と、水分の出どころの特定です。順番を間違えると、胞子を広げたうえで同じ場所に再発させることになります。

博物館・図書館・公文書館、寺社の宝物館、自治体の資料室、企業の文書保管庫。どこであっても、カビ対策の基本は文部科学省が公開している「カビ対策マニュアル」(2008年)に整理されています。ここでは、その内容を施設管理の実務に落とし込みながら、点検の勘所と初期対応の手順を整理します。

結論:カビ管理は「相対湿度60%」と「早期発見」の二本柱

先に結論を述べます。収蔵環境のカビ対策で押さえるべき数値は、ほぼ一つに集約されます。

文部科学省「カビ対策マニュアル」基礎編は、対象物の水分活性(Aw)を0.6以下に保てばカビは生育できず、そのために環境の相対湿度を温度変化にかかわらず常に60%以下に保つ必要があると記しています(同 基礎編 2-1)。

水分活性とは、物質に含まれる水のうち微生物が実際に利用できる「自由水」の量を示す指標です。密閉容器内の平衡相対湿度が90%ならAwは0.9、という対応関係になります。つまり湿度管理とは、資料が抱え込む水の量を管理することと同義です。

もう一つの柱が早期発見です。カビによる劣化は不可逆的で、元には戻りません(同 基礎編 1-3)。発生後の処置がどれほど丁寧でも、失われた表面や色は戻らない。だからこそ、被害が小さいうちに見つける体制の価値が大きくなります。

1. なぜ「60%」なのか ― 湿度と発生速度の関係

同マニュアル実践編は、一般にカビの発生しやすい資料について、温度25度のとき相対湿度70%では数か月で繁殖し、75%を超えると速度が急激に早まり、90%ではわずか2日で目に見える程度まで繁殖するとしています(同 実践編 1-4、Michalski 2000の引用)。

湿度が数%上がるだけで、時間軸が「数か月」から「数日」へ変わる。これが、収蔵環境で余裕を持った目標値が必要な理由です。

相対湿度70%・75%・90%におけるカビの繁殖スピードの違いを示した図
図1 相対湿度が数%変わるだけで、繁殖にかかる時間は大きく変わる(温度25度の場合)

さらに厄介なのが、乾いた環境でも生きるカビの存在です。基礎編の一覧では、生育に必要な最低Awは細菌より低く、好乾菌(乾性カビ)に至っては次のような値が示されています。

微生物 生育に必要な最低Aw 目安となる平衡相対湿度
大腸菌(細菌) 0.95 約95%
クモノスカビ 0.94 約94%
黒麹カビ 0.88 約88%
青カビ 0.83 約83%
好乾菌(Aspergillus repens / ruber) 0.65 約65%

出典:文部科学省「カビ対策マニュアル」基礎編 表2をもとに作成

「うちは湿度70%を超えていないから大丈夫」という判断が危うい理由がここにあります。博物館等での保管資料では、この好乾菌が問題となるとマニュアルは明記しています。

温度側の条件も押さえておきます。カビの生育可能温度域は0〜40度、最適温度は25〜28度(同 基礎編 表3)。人が快適に活動できる室温は、そのままカビにとっての適温でもあります。温度で抑え込むという発想は、資料を扱う空間では現実的ではありません。制御できる変数は、事実上、水分と清浄度に絞られます。

2.「部屋の平均値」は現場を映していない

空調のセンサーが示す数値と、資料が実際に置かれている場所の数値は、しばしば一致しません。マニュアル実践編には、開架式の棚であっても棚の中央は通路に比べて相対湿度が5%程度高いという測定結果が示されています(同 実践編 1-4)。空気が滞留し、局所的な微気候(マイクロクライメート)が形成されるためです。

同じ部屋の中でも、高さによって差が出ます。積層棚の下層だけ相対湿度が常時70%前後になり、その一部でカビが発生した事例も報告されています。

収蔵庫の断面図。通路・棚の中央・部屋の隅で相対湿度が異なることと、計測の高さのルールを示した図
図2 代表値は部屋の中央・床上約120cm。棚の中央や隅は別に測らないと実態が見えない

そのため、計測方法についてもマニュアルは具体的です。

  • 各室1箇所は必ず計測する。部屋の中央、床からの高さ約120cmを代表値とする
  • 不備を見つけるには室内2箇所以上。隅は約30cmと約120cmの2点で測る(湿気は下にこもりやすい)
  • データロガーは5分に1回以上の頻度で、できる限り連続して計測する
  • 計測開始から1年程度は、月1週間ほど多点計測を行い、代表値と隅の差を把握する

(同 実践編 3-4)

データロガーの記録は「点」の集まりであり、測定間隔の間に起きた突発的な異変は残らない、という注意も付されています。自記温湿度計との併用を検討する価値はここにあります。

3. 見つけるための点検 ― 目視、光、そして虫

カビの初期は、直径3〜5mm程度の白っぽい、あるいは色のついた斑点として現れます。面としてではなく、ポツポツと間隔をあけて出るのが特徴です。斑点程度の段階では、特有の臭いもあまり感じられません(同 実践編 2-1)。

発見の助けになるのが光の当て方です。ペンライトのような点光源を斜めから当てると陰影が生まれ、透明な菌糸体でも見やすくなります。LEDの白色・青白色は、菌糸がわずかに蛍光発色するため発見に有利とされています。

間違えやすいものもあります。無機塩類の結晶、樹脂強化処置をした資料の樹脂成分の結晶化、クモの糸、イガの繭。判別には倍率を上げて菌糸の有無を見るのが確実です。細い針状の結晶であれば、一部を採取して純水の横に触れさせると溶けていく様子が観察できます(同 実践編 2-3)。

そして重要な指摘が一つ。カビの栄養源にならない材質でも、手の汚れやホコリが付いていればそこからカビは発生します。ガラスや陶器だから安全、という判断はできません。

間接的な指標として、虫トラップも使えます。粘着トラップでチャタテムシ目やシミ目の捕獲が多いときは、それらが高湿度を好むため、周辺の資料と空間を重点的に点検する。カビの早期発見につながる習慣として紹介されています(同 実践編 1-6)。

4. カビを見つけた直後にやること・やってはいけないこと

発見後の初動には、明確な優先順位があります。

カビ発見後の初期対応4ステップと、この段階で避けたい処置をまとめた図
図3 隔離→記録→水源の特定→環境の改善。送風・急な乾燥・加熱・不要な燻蒸は避ける

やること

  • まず隔離する。健全な資料のある空間と空気が交換されない状態を、迅速につくる。理想的な資材を探して時間を費やすより、遮断が先決とマニュアルは述べています
  • 遮断材は蓋付きプラスチック容器が望ましいが、即座に用意できなければ厚さ0.1mm以上、または2〜3枚重ねたポリエチレン袋、厚手のダンボール箱で応急的に対応してよい
  • 動かすと胞子が飛散する恐れがあるときは、周囲の健全な資料を遠ざけてから、上から容器をかぶせて密閉する
  • 被害範囲・程度を写真と記録に残し、温湿度の設定値と実測値、収納状況、施設平面図を揃える。保存科学の専門家に相談する際の基礎資料になります
  • 並行して水の供給源を探す。雨水だまり、エアコン外調機の排水、外壁を貫通するダクト周囲のパッキング不備、屋上樋の落葉による目詰まり、地震後の窓周り金物の不整。いずれも実際に報告されている経路です

避けたいこと

  • 扇風機で風を送る。清浄な環境で空気を動かすのは有効ですが、カビが発生している場所で単に送風すると、胞子を撒き散らすことになります(同 実践編 1-5)
  • 急激に温湿度を下げる。カビの活性は落ちますが、資料そのものへの負荷が大きく、乾いた胞子が飛散しやすい状態にもなります
  • 加熱で殺菌しようとする。乾熱では胞子の死滅に120度で60〜120分を要し、資料への適用は現実的ではないと基礎編は結論づけています
  • 被害がないのに燻蒸する。燻蒸した時点で微生物は死滅しますが、換気で空気を入れ替えた途端に外気とともに再び流入します。「被害がないのに処置するのは無駄」と明記されています

作業時の安全にも触れておきます。カビ胞子は殺菌してもアレルゲンであり、吸入量を抑える必要があります。体力が落ちているときの日和見感染にも注意が必要です。エタノールを含め殺菌剤には人体毒性があり、取り扱いには十分な配慮が要ります(同 実践編 3-6)。健康上の不安がある場合は、自己判断せず医療機関にご相談ください。

5. IPM ― 薬剤に頼りきらない管理の枠組み

文化財分野では、殺菌・殺虫の主力だった臭化メチル(メチルブロマイド)が、オゾン層破壊物質として日本国内で2005年以降使用禁止となりました(同 基礎編 3-6)。これを受けて博物館・図書館等に広がったのが、総合的有害生物管理(IPM)の考え方です。化学薬剤だけに頼らず、複数の防除法を組み合わせて被害を回避・制御します。

マニュアルはIPMに則ったカビ対策を5段階で整理しています。

段階 全体方針 具体的な対策
回避 利用できる水分量の抑制 水分流入阻止、空調、室間の差圧調整
遮断 栄養物・塵埃の低減 清掃、フィルターによる浮遊粉塵除去
監視 検出方法の普及 点検、LED点光源の利用
対処 除菌あるいは殺菌の選択 ガス燻蒸利用時の基準、除菌方法の確立
計画の見直し 体制を整える 点検時期の見直し、空調制御方法の見直し等

出典:文部科学省「カビ対策マニュアル」基礎編 表5

この表の並びが示しているのは、対処が最後にあるという事実です。処置は必要ですが、それだけでは環境が変わらない限り再発します。マニュアルも「除菌だけでは十分な処置とはならず、環境を改善していかない限りカビ被害が繰り返される」と述べています。

6. 一般の建築物との基準の違い

参考までに、一般の特定建築物に適用される基準と比べておきます。建築物衛生法にもとづく建築物環境衛生管理基準では、空気環境の調整として相対湿度40%以上70%以下、温度18度以上28度以下が定められています(厚生労働省)。人が過ごす空間としての基準であり、資料保存を目的とした値ではありません。

観点 建築物環境衛生管理基準 カビ対策マニュアルの考え方
目的 在室者の衛生環境の確保 資料・文化財の劣化抑制
相対湿度 40%以上70%以下 常時60%以下が望ましい
温度 18度以上28度以下 カビの最適域と重なるため温度単独では制御困難
測定項目のカビ 法定の測定項目には含まれない 浮遊菌・落下菌の計測を推奨

収蔵施設の管理者が「法定基準を満たしているのにカビが出る」と感じる場面があるとすれば、この目的の違いが背景にあります。

まとめ ― 数値を持って現場を見る

要点を三つに絞ります。

  • 相対湿度60%以下を目標に置く。好乾菌はAw0.65で生育するため、70%を基準にすると安全域が確保できません
  • 代表値だけで判断しない。棚の中央、下層、隅。湿気がこもる場所を測って初めて、現場の実態が見えます
  • 見つけたら、まず隔離。送風と加熱は避ける。そのうえで水の供給源を特定し、環境を変える

【施工事例プレースホルダ:収蔵施設における実際の環境調査・処置事例をここに挿入】

MIST工法®カビバスターズ本部(株式会社せら)では、カビ菌検査による現状把握から、素材を傷めにくい方法での除カビ、再発防止に向けた環境面のご提案までを行っています。収蔵庫・書庫・宝物館など、資料そのものを傷めたくない環境については、状況によって適切な進め方が変わります。費用は現地調査を経たお見積りが前提となり、記載できるのは目安までです。まずは現地の状況をお聞かせください。

関連ページ:カビ菌検査MIST工法®とは神社仏閣のカビ対策サービス一覧

参考資料(一次情報)

  • 文部科学省「カビ対策マニュアル」基礎編(2008年)
  • 文部科学省「カビ対策マニュアル」実践編(2008年)
  • 文部科学省 カビ対策専門家会合 報告書「カビの発生予防と早期発見のために」
  • 厚生労働省 建築物衛生法 建築物環境衛生管理基準

※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の資料・施設に対する処置方針を保証するものではありません。文化財等の取り扱いについては、保存科学の専門家にご相談ください。健康面の症状については医療機関にご相談ください。