同じ黒い点でも、タイルに出たものと、押し入れの板に出たものでは、その後がまったく違います。前者は拭けば済むことが多く、後者は拭いても戻ってくる。分けているのは素材です。連載第9回は、素材によってカビの入り方がどう変わるのかを整理します。
要点を3つ。
- 水を吸う素材は、内部に入られます。表面の色を落としても、それは表面の話にすぎません。
- 栄養は素材そのものとは限りません。ガラスや陶器のようにカビの栄養にならない材質でも、汚れやホコリがあれば発生します。
- 木材では、カビと腐朽菌は別物です。食べているものも、必要な条件も違います。
1. 大前提:材質だけでは判断できない
まず、素材の話をする前に押さえておきたい一文があります。文部科学省「カビ対策マニュアル」実践編は、こう述べています。ガラスや陶器など、カビの栄養源とならないような材質であっても、手の汚れやホコリがついていれば、そこからカビが発生することがある。カビであるかどうかを、資料の材質から判断することはできないと。
つまり「この素材だからカビない」は成り立ちません。第2回で見たとおり、カビは従属栄養で、表面に付着したわずかな有機物を栄養にできます。素材で変わるのは生えるかどうかではなく、どこまで入るか、そして戻せるかです。
2. 木材:カビと腐朽菌は別のもの

国土交通省大臣官房官庁営繕部の資料は、木材の経年変化を説明するなかで、カビと腐朽菌の条件を分けて記述しています。腐朽菌には、木材の栄養成分(セルロース、ヘミセルロース、リグニン等)・温度(20〜35℃)・水分・酸素が必要とされます。一方でカビについては、温度25〜30℃、水分(木材表面が濡れる状態)、栄養は木材表面に付着した塵埃という条件が示されています。
この違いは実務上とても大きい。カビは表面の問題として始まりますが、腐朽菌は木材そのものを分解するため、強度の話になります。黒い点が出ている=木が傷んでいる、ではありません。逆に、カビが見えないから安心とも言えません。
木材の含水率については、同資料が構造用集成材の使用環境として、含水率が長期間継続的又は断続的に19%を超える環境を防腐性能の要求される環境として区分しています。数値の目安として押さえておくと、湿った状態が続いているかどうかを考える手がかりになります。
3. 素材別に見た「カビの居場所」

表1 素材別の傾向
| 素材 | 水の入り方 | カビが居やすい場所 | 拭き取りで戻せるか |
|---|---|---|---|
| タイル・ガラス・金属 | 吸わない(表面に留まる) | 表面の汚れの層、目地 | 表面は戻しやすい。目地は別 |
| ビニル壁紙 | 表面は吸いにくい | 表面、継ぎ目、裏側の糊、下地との間 | 表面は拭けるが、裏側は見えない |
| コンクリート・モルタル | 細かい空隙から入る | 空隙、ひび割れ、水の通り道 | 表面の色は残りやすい |
| 石膏ボード | 表面の紙が吸う | 表面の紙、内部、裏面 | 吸ってしまうと戻しにくい |
| 木材 | 吸放湿する | 表面の塵埃、木口、継ぎ目 | 程度による。内部は別の判断 |
| 繊維・紙 | よく吸う | 繊維の内側まで | 色素が残りやすい |
出典:文部科学省「カビ対策マニュアル」基礎編・実践編、国土交通省大臣官房官庁営繕部の資料編、農林水産省「農業水利施設の機能保全の手引き」参考資料の記述をもとに、一般的な傾向として整理したものです。実際の判断は現地確認によります。
コンクリート:白い析出物は水のサイン
第6回で触れたとおり、コンクリートの白華は、農林水産省の資料でコンクリート中の水分が表面で蒸発し、可溶成分(カルシウム)が乾燥して生成されるものと説明されています。同資料は、白華そのものが品質に悪影響を及ぼすわけではない一方、その発生は水の移動に関連していると注意を促しています。コンクリート面のカビを考えるときも、この「水の移動」が起点です。
壁の内部:見えないところで起きる
国土交通省国土技術政策総合研究所のメンテナンスガイドラインは、部位内結露について発見が遅れるうえに乾燥しにくく、最も厄介な水分供給現象の一つと述べています。壁紙の表面だけを見ていても分からない領域がある、ということです。第7回の「臭うのに見当たらない」とも重なります。
4. 「拭いて済むか」を分ける3つの問い

表2 表面の処置で足りる場合/足りない場合
| 状況 | 考えられること | 次の一手 |
|---|---|---|
| 吸わない素材・点在・初めて | 表面の汚れの層にとどまっている可能性 | 清掃と、水分条件の確認 |
| 吸う素材・面で広がる | 内部まで入っている可能性 | 範囲の把握。必要に応じて検査 |
| 同じ場所で繰り返す | 水分条件が断てていない | 水の出所の特定が先。表面処置だけでは戻る |
出典:文部科学省「カビ対策マニュアル」基礎編(材料が受けた変化は不可逆、色素と着色胞子の除去は困難)の記述をもとに整理。判定には現地確認が必要です。
5. 素材を変える前に、考えたいこと
「吸う素材だから張り替える」という判断は、間違いではありません。ただし、順番があります。文部科学省のマニュアルが繰り返し述べているのは、カビは一度発生すれば必ず被害が残るということと、被害が出てからの処置は一般的に高額になるということです。だからこそ、水分条件を断てているかどうかを先に確かめる必要があります。
新しい石膏ボードに張り替えても、同じ面が同じように冷えて結露するなら、しばらくして同じことが起きます。素材の交換は、原因を断ったうえで初めて意味を持ちます。第4回の結露、第2回の4条件に戻る話です。
まとめ
- 材質からは「カビかどうか」を判断できない。ガラスや陶器でも、汚れがあれば発生する。
- 素材で変わるのは、生えるかどうかではなく、どこまで入るか・戻せるか。
- 木材では、カビ(表面の塵埃が栄養)と腐朽菌(木材成分そのものを分解)は別のもの。
- 吸う素材(木材・石膏ボード・繊維)は内部に入りうる。表面の色は判断材料にならない。
- 素材の交換は、水分条件を断ったうえで意味を持つ。
次回・第10回は「掃除で落ちるカビ・落ちないカビ|表面汚染と内部浸透の境目」です。連載の最終回として、ここまでの内容を実際の判断につなぎます。
張り替えるべきか、清掃で足りるのか。この判断は素材と、水の出所と、広がりの範囲を合わせて見る必要があります。工事の見積もりを取る前の段階でご相談いただければ、確認すべき順番からお伝えできます。
【参考・出典】文部科学省「カビ対策マニュアル」基礎編・実践編、国土交通省大臣官房官庁営繕部「木材を利用した官庁施設の適正な保全に資する整備のための留意事項」資料編(施設の性能に影響を与える木材の経年変化)、国土交通省国土技術政策総合研究所「木造住宅の長期使用に向けた屋根、外壁、床下のメンテナンスガイドライン」、農林水産省「農業水利施設の機能保全の手引き」参考資料。本記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の状況の診断ではありません。費用や工法は現地調査のうえで判断します。












