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カビと文化財|相対湿度60%以下が唯一の方法。100%なら2〜3日、65%なら3年で見えてくる

 

「カビと文化財」というテーマは、住まいのカビとは少し違う視点が必要です。住まいでは「取って、再発を防ぐ」が目標ですが、文化財では「取らずに済む環境をつくる」ことがほぼすべてです。一度カビが生えた掛軸や木像、古文書は、取ったとしても元の状態には戻りません。ここでは、文化財の保存で使われている基準と考え方を、一般の住まいや神社仏閣の建物にも応用できる形でまとめます。

結論:文化財のカビ対策は「相対湿度60%以下」の一点に集約される

  1. 相対湿度60%以下に保つことが唯一の方法。東京文化財研究所のガイドライン(2010年)は、文化財展示収蔵施設でのカビ防止について、そう明記しています。薬剤でも、素材でもなく、湿度です。
  2. 湿度が高いほど、カビが見えるまでの時間が短くなる。同ガイドラインによれば、相対湿度100%では2〜3日、90%で約1週間、80%で約2週間、70%で3〜4か月、65%で約3年です。65%と60%の差が、数年後の被害の差になります。
  3. 取るときは「乾いた状態で、水分を残さず」。堅牢な表面なら70%エタノール水溶液でテストしてから綿棒で拭き取り、処置後に十分換気します。水分が残ればそこが新たな発生源になります。

なぜ文化財はカビに弱いのか

文化財の多くは、紙、絹、木、漆、革、糊といった有機物でできています。これらはカビの栄養そのものです。さらに、古い素材は表面が劣化して多孔質になっており、胞子が付着しやすく、水分を保持しやすくなっています。

もう1つの理由は、取り返しがつかないことです。住まいの壁紙は張り替えられますが、絵絹に生えたカビの跡は消えません。カビの菌糸は素材の成分を分解して吸収するので、色が抜ける、繊維が弱くなる、文字がにじむといった変化が起きます。取り除いた後も、その痕跡は残ります。だから文化財では「発生させない」が目標になります。

湿度と時間の関係を知る

東京文化財研究所のガイドラインが示す「相対湿度と、カビが肉眼で確認できるまでの期間」は、住まいの管理にもそのまま使えます。

  • 100%RH:2〜3日
  • 90%RH:約1週間
  • 80%RH:約2週間
  • 70%RH:3〜4か月
  • 65%RH:約3年

この表から読み取れることは2つです。1つは、結露や水濡れ(100%に近い状態)は数日で手遅れになること。もう1つは、70%前後の「少し高い」状態を数か月放置すると、気づいたときには広がっていることです。厚生労働省の建築物環境衛生管理基準は相対湿度40〜70%ですが、文化財の世界ではその上限は「安全」ではなく「3〜4か月で出る」水準です。国内の展示収蔵施設で50〜60%RHの設定が一般的なのは、この理由によります。

収蔵庫・展示室で行われている管理

温湿度の連続測定

文化財の管理では、温湿度計を置いて「たまに見る」のではなく、記録計で連続的に測り、年間の推移を把握します。梅雨、台風、暖房期の立ち上がりなど、湿度が上がる時期を前もって知り、その前に空調や除湿の運用を切り替えます。

空気を動かし、詰め込まない

収蔵庫の中で空気が止まる場所、たとえば壁際、床近く、棚の奥は、部屋の中心より湿度が高くなります。壁から離して棚を置く、床から上げる、詰め込まない、という原則は、住まいの押入れとまったく同じです。

点検と早期発見

カビは初期には白い粉や薄い斑点として現れ、この段階なら被害は小さく済みます。定期的に資料を取り出して表面を見る、カビ臭がないかを確かめる。人が入らない収蔵庫ほど、異変に気づくのが遅れます。

IPM(総合的有害生物管理)

薬剤を定期的に散布するのではなく、環境管理と点検を基本にして、必要なときに必要な範囲だけ処置する考え方です。文化財では薬剤そのものが資料を傷めることがあるため、この考え方が標準になっています。住まいでも、防カビ剤に頼る前に湿度と空気の流れを整える、という順番は同じです。

発生してしまったときの処置

ガイドラインは、処置にあたる人の安全対策として、呼吸用のマスク、ラテックス製の使い捨て手袋、保護メガネ、作業服、帽子、靴カバーなどの装着を挙げています。カビの処置は、胞子を吸い込む作業だからです。

表面が堅牢な資料であれば、70%エタノール水溶液で目立たない部分をテストしてから、綿棒で拭き取ります。エタノールは揮発するので水分を残しにくい一方、素材によっては色や塗膜を傷めます。紙や絹、彩色のある資料は、専門の保存修復家の判断が必要です。処置後は十分に換気し、湿度を60%以下に戻します。環境を変えずに拭き取っても、繰り返します。

神社仏閣・歴史的建造物の場合

建物そのものが文化財である場合、収蔵庫のように空調で管理することはできません。このとき効くのは、床下と小屋裏の換気、雨仕舞い(雨水の侵入を防ぐ納まり)の維持、そして建物を使い続けることです。人が出入りし、戸を開け、風を通す建物は、閉めきった建物よりカビが出にくくなります。

木部の黒ずみや灰色の変色を「歴史の風格」と見ることもありますが、その多くはカビや腐朽菌による変色です。カビの菌糸は木材の表面成分を分解し、腐朽菌は構造材そのものを弱らせます(カビによる木材の腐朽)。健全な木材が時間を重ねて得る色つやと、微生物による変色は別のものです。当社の神社仏閣での施工については神社仏閣のカビ取り・復元処理をご覧ください。

住まいに応用するなら

文化財の基準を家庭にそのまま適用する必要はありませんが、考え方は使えます。大切なもの(写真、着物、書籍、楽器、ぬいぐるみ)を保管する場所だけは、湿度計を置いて60%以下を保つ。壁から離し、床から上げ、詰め込まない。年に数回は取り出して見る。これだけで、住まいの「小さな文化財」は守れます。カビが育つ条件の基本はカビが育つ条件を参照してください。

よくある質問

Q. 湿度65%なら3年もつなら、それほど気にしなくてよいのでは。
A. 65%は「部屋の平均」の話です。押入れの奥や壁際は部屋の平均より高く、局所的に80%を超えていることがあります。測る場所を、保管している場所の中にしてください。

Q. 古文書や掛軸にカビが出ました。自分で拭いてよいですか。
A. 紙や絹、彩色のあるものは、拭くことで色や繊維を傷める可能性があります。触らずに乾いた場所に移し、専門の保存修復家に相談してください。

Q. 防カビ剤を置けば湿度管理はいらないですか。
A. 文化財の分野では薬剤は補助的な位置づけで、基本は湿度管理です。薬剤自体が素材を傷めることもあります。

まとめ

文化財のカビ対策は、相対湿度60%以下を保つことに集約されます。湿度が高いほどカビが見えるまでの時間は短く、100%なら2〜3日、65%なら約3年です。連続測定、空気を動かす配置、定期点検、必要最小限の処置というIPMの考え方は、住まいの大切なものの保管にも、神社仏閣の建物にも応用できます。

参考資料(一次情報)

  • 独立行政法人国立文化財機構 東京文化財研究所「文化財展示収蔵施設におけるカビのコントロールについて」2010年(相対湿度60%RH以下に保つことが唯一の方法、国内では50〜60%RHの設定が一般的、相対湿度別のカビ発生までの期間、処置時の保護具、70%エタノール水溶液によるテストと綿棒での拭き取り、処置後の換気)
  • 厚生労働省「建築物環境衛生管理基準」(相対湿度40%以上70%以下)