前回の第1回では、カビが「菌糸」と「胞子」という姿を持ち、生活環を回しながら増えていくことを整理しました。今回はその続きとして、カビが育つために必要な4つの条件——水分・栄養・温度・酸素——を、公的資料の数値をもとに一つずつ確認します。
4つと聞くと「どれか1つを断てばよい」と思えますが、住まいや施設の現場でその発想は通用しません。実際に手が届く条件は限られているからです。まず結論からお伝えします。
1. カビの生育に必要な条件は「水分・栄養・温度・酸素」の4つ。
2. このうち住まいや施設で現実的に断てるのは水分だけ。栄養は減らせても断てず、温度と酸素は生活や業務を止めない限り断てない。
3. だから対策の順番は「殺す・落とす」より先に「水分を戻さない」。同じ場所に再発するときは、たいていここが手つかずになっている。
① 水分|カビが使えるのは「自由水」だけ
文部科学省の「カビ対策マニュアル 基礎編」は、水分について「微生物の生育に水分が不可欠であり、水が全く存在しない環境では全ての微生物が生育不可能である」としたうえで、材料の中の水がすべて使えるわけではないと説明しています。物質中の水は遊離水(自由水)、結晶水、水素結合水、水和水、氷といった状態で存在しますが、微生物が利用できるのは自由水だけです。
この自由水の量を示す指標が水分活性(Aw)です。密閉容器内で平衡状態に達したときの相対湿度が90%なら、その材料のAwは0.90にあたります。同マニュアルは「通常では対象とする物質のAwを0.6以下に保持するとカビは全く生育できない」と明記しています。

注意したいのは、部屋の湿度計の数字と、材料が抱えている水分は別物だという点です。押入れの奥、家具の裏、床下、壁の内側は、部屋の空気とすぐには平衡しません。室内が60%でも、その一角だけが高い状態になることは珍しくありません。
さらに同マニュアルは、収納庫や展示ケースについて「急激な温度変化により結露や水分活性が上昇し、カビ等の生育可能領域に入ると増殖が始まる」と述べています。空気が冷やされて露点に達すれば結露が起き、そこだけAwが跳ね上がる。「湿度の平均値」ではなく「いちばん濡れる場所と時間帯」で考える必要があります。
② 栄養|建材そのものが栄養源になっている
カビは葉緑体を持たない従属栄養微生物で、炭素源を有機物から得ます。同マニュアルは、カビが「セルロース、ヘミセルロースなどの繊維質や糖質およびタンパク質を分解し、利用(資化)する」と説明し、栄養源として単糖類・二糖類・オリゴ糖・多糖類(澱粉、セルロース等)、無機窒素・有機窒素(各種アミノ酸、タンパク質)、さらにリン酸塩や鉄・マグネシウムなどのミネラルを挙げています。
しかもカビは、分解酵素(アミラーゼ、セルラーゼ、プロテアーゼ、リパーゼ等)を細胞外に分泌して 材料を低分子に分解してから吸収します。同マニュアルは「カビは、表1で述べたように衣食住や工業製品のほとんどを栄養源として分解・劣化させる」とも記しています。
つまり、木材・紙・壁紙とその糊・塗料・断熱材・繊維といった建材や家財そのものが、すでに栄養源です。掃除でホコリや皮脂汚れを減らすことには意味がありますが、栄養をゼロにはできません。栄養は「減らせるが断てない」条件です。
③ 温度|人が過ごす温度は、カビの生育域の内側にある
同マニュアルの表3は、カビの生育可能温度領域を0〜40℃、最適生育温度を25〜28℃としています。一方、厚生労働省の建築物環境衛生管理基準は、居室の温度を18〜28℃、相対湿度を40〜70%に保つことを求めています。両者を並べると、人が快適に過ごす温度帯は、そのままカビの生育域の内側だと分かります。

「冷やせば止まるのでは」という発想も、同マニュアルの記述では慎重になるべきです。凍結すれば自由水が氷結して増殖は止まりますが、「カビ胞子や細菌芽胞などは生存している」。加えて「0度近傍では生育速度が非常に遅いが、半年あるいは数年後に目視で観察されるまでに生育する低温カビも存在する」と注意を促しています。冷蔵庫や低温倉庫でもカビは時間をかけて育つということです。
④ 酸素|理屈の上では断てるが、住まいには使えない
同マニュアルは、酸素について「カビは空気(分子状の酸素)の存在無くして生育不可能である」とし、カビを偏性好気性菌(絶対好気性菌)に分類しています。生育に必要な酸素分圧は「大気中と同じかそれ以上」であり、「除酸素や窒素置換した環境では全く増殖できない」。実際、資料を厚手のポリエチレン袋に入れて脱酸素剤とともに密閉すれば、無酸素環境をつくることができます。
ただし、ここには重要な但し書きがあります。「無酸素あるいは窒素環境下においてもカビ胞子は死滅せず生存しており、酸素環境条件が調うと直ちに発芽して増殖をする」。つまり酸素を断つのは「止める」であって「終わらせる」ではありません。そして何より、人が呼吸する部屋を無酸素にはできません。書籍や資料の一時的な隔離には使えても、建物の対策としては選択肢に入らない条件です。
4条件の制御可否をまとめる

数値と出典を表にまとめます。対策を検討するときは、感覚ではなくこの数値を起点にすると判断がぶれません。
| 条件 | 公的資料が示す目安 | 出典 | 現場で断てるか |
|---|---|---|---|
| 水分 | Aw0.6以下でカビは全く生育できない/好乾菌はAw0.65、青カビ0.83、黒麹カビ0.88でも生育 | 文部科学省「カビ対策マニュアル 基礎編」表2 | 断てる |
| 栄養 | 糖質・繊維質・タンパク質・無機窒素・ミネラルまで幅広く利用。衣食住や工業製品のほとんどを分解・劣化させる | 同上(栄養源の項) | 減らせるが断てない |
| 温度 | 生育可能0〜40℃/最適25〜28℃。人の居室基準は18〜28℃ | 同基礎編 表3、厚生労働省 建築物環境衛生管理基準 | 断てない |
| 酸素 | 偏性好気性で大気同等以上の酸素が必要。除酸素・窒素置換で増殖しないが、胞子は生存し酸素が戻れば発芽 | 同基礎編(酸素の項) | 断てない(部屋には適用不可) |
| 参考:相対湿度 | 居室は40〜70%に保つことが求められる | 厚生労働省 建築物環境衛生管理基準 | 管理できる |
では、水分をどう断つのか
「除湿機を置く」で終わらせないために、順番を整理します。水分は入ってくる水 → 結露する水 → 抜けない水の3段階に分けると考えやすくなります。
順番1:入ってくる水を止める
雨漏り、配管の漏れ、外壁のひび、サッシまわりのシーリング切れ、床下からの湿気。ここが残っていると、どれだけ除湿しても供給が続きます。まず止めるべきはこの水です。
順番2:結露する水を減らす
結露は「空気が冷たい面に触れて露点を下回る」ことで起きます。したがって効くのは、室内の湿度を下げることと、冷たい面をつくらないことの両方です。北側の壁、窓まわり、断熱の切れ目、鉄骨や配管まわりは面の温度が下がりやすい場所です。
順番3:抜けない水を動かす
家具の裏、押入れ、クローゼット、造り付け家具の内部、階段下収納。空気が動かない場所は、部屋の湿度計とは別の環境になります。家具を壁から数センチ離す、扉を定期的に開ける、換気経路を塞がない——地味ですが、Awを下げる効果はここに出ます。
| 発生しやすい場所 | 水分の主な出どころ | まず確認したいこと |
|---|---|---|
| 浴室・洗面所 | 使用時の水蒸気、乾かない残り水 | 換気扇の運転時間、扉の開閉、給排水の漏れ |
| 北側の壁・窓まわり | 結露(面の温度低下) | 断熱の切れ目、カーテン内側の空気の滞留 |
| 押入れ・クローゼット | 空気の滞留、外壁面との温度差 | 壁との隙間、収納量、扉を閉め切っていないか |
| 床下・基礎まわり | 地面からの湿気、配管の漏れ | 換気口の塞がり、点検口からの臭いと結露跡 |
| 地下室・機械室 | 躯体の温度差、外気導入の条件 | 夏場に冷たい面へ湿った外気を入れていないか |
| 収蔵庫・書庫 | 急激な温度変化による結露 | 空調の停止時間帯、棚の中央部と通路の差 |
※発生要因は建物の条件によって異なります。原因の特定には現地での確認が必要です。
「殺す」だけでは終わらない理由
加熱で殺せばよい、という考え方も数値で確認しておきます。同マニュアルによれば、水に懸濁した状態では「80度において、30分程度の加熱処理によりほとんどのカビが死滅する」一方、乾いた状態での加熱(乾熱)では「120度以上で60〜120分程度の加熱時間を必要とし、非常に耐熱性が高い」とされています。住宅や施設の建材をその条件に置くことは現実的ではありません。
さらに、カビが出す色素と着色胞子について「化学的除去や物理的除去が非常に困難である」とも記されています。色が残る=まだ生きている、とは限らない。逆に、見た目が消えても内部の菌糸と水分条件が残っていれば、また同じ場所から出てきます。
私たちがMIST工法®で、素材の状態に合わせて薬剤の濃度や施工方法を調整し、削り取ることを前提としない考え方を採っているのも、この「表面だけを消しても条件が残れば戻る」という前提に立っているためです。施工方法や適用範囲についてはMIST工法についてをご覧ください。
よくある質問(検索の多い疑問)
カビが育つ条件は何ですか?
水分、栄養、温度、酸素の4つです。このうち栄養(ほこり・汚れ・建材)、温度(人が快適な室温)、酸素は住まいから取り除きにくいため、対策の中心は水分(湿気)を減らすことになります。
カビ対策でいちばん効果があるのは?
湿気を減らすことです。換気と除湿で湿度を下げ、結露や水漏れを止め、濡れた場所を早く乾かすことが基本になります。
まとめ
2. 水分の指標はAw。Aw0.6以下でカビは生育できないが、好乾菌はAw0.65でも育つ。部屋の平均湿度ではなく、いちばん濡れる場所と時間帯で判断する。
3. 温度も酸素も、生活や業務を止めない限り断てない。栄養は建材そのもの。だから再発対策の本命は「水分を戻さない設計」になる。
次回(第3回)は、この記事で触れた「水分活性(Aw)」と「相対湿度」の違いを掘り下げます。なぜ現場の目安が「湿度60%」なのか、その根拠を整理します。
ご相談ください
同じ場所に何度もカビが出る場合、原因は表面ではなく水分条件の側にあることがほとんどです。どこから水分が供給されているのかは、建物の構造や使い方によって変わるため、現地での確認が必要になります。
調査でどこまで分かるのかはカビ菌検査、対応できる内容はサービス一覧、これまでの取り組みは施工実績のページにまとめています。費用は建物の状態と範囲によって変わるため、現地調査のうえでお見積りをご提示します。
参考資料(一次情報)
- 文部科学省「カビ対策マニュアル 基礎編」(水分活性・生育温度・酸素要求性・栄養源・耐熱性)
- 厚生労働省 建築物環境衛生管理基準(居室の温度18〜28℃、相対湿度40〜70%)












