代替タンパク食品の注目株「菌糸体(マイコプロテイン)」と麹菌の安全性 ― カビとマイコトキシンリスクの最新事情
プラントベース市場で急成長する菌糸体食品や麹を用いた新商品。安全性の根拠とマイコトキシンリスクを解説。
近年、世界的にプラントベース食品や代替タンパクへの関心が急速に高まっています。その背景には、環境負荷の低減や動物福祉、そして健康志向の高まりがあります。特に注目されているのが、「菌糸体食品(マイコプロテイン)」や日本伝統の「麹」を活用した新しい発酵プロテイン食品です。これらは、肉や乳製品に代わる持続可能なタンパク源として市場で急成長しており、世界中の食品企業が次々と商品を投入しています。
一方で、食品に関わる「カビ」には大きく分けて二つの側面があります。ひとつは、古くから日本人の食文化を支えてきた麹菌(Aspergillus oryzae)のような「よいカビ」。この麹菌は長年にわたり清酒・味噌・醤油などの製造に利用され、安全性については国際的にもGRAS(Generally Recognized As Safe)やQPS(Qualified Presumption of Safety)と同等の評価を受けています。安心して食品に利用できる貴重な微生物です。
しかしもう一方で、注意すべきは「外来の有害なカビ」の侵入です。製造環境にマイコトキシン(カビ毒)を産生するカビが混入すると、菌糸体食品やプラントベース熟成品の安全性が一気に損なわれるリスクがあります。マイコトキシンは熱や加工にも強く残留することがあり、食品衛生上の深刻な課題として世界的に研究と規制が進められています。
新しい食品産業の可能性を広げる「発酵プロテイン」や「テンペ」などの代替タンパクは、適切なカビ管理と衛生環境があってこそ安心して消費者に届けられるものです。カビ自体が必ずしも悪ではなく、使い方次第で食品の未来を左右する存在であることを正しく理解することが大切です。もし製造現場や家庭で「カビの管理」に不安を感じることがあれば、早めの専門的な相談がトラブル回避につながります。
代替タンパク市場の急成長と「菌糸体食品」の注目
持続可能な食の未来を支える「菌糸体食品」――急成長する代替タンパク市場と注目される理由
1. 世界的に拡大するプラントベース食品市場
近年、世界の食品業界において「プラントベース(植物由来)食品」の市場は爆発的な成長を見せています。背景には、地球環境への負荷軽減、動物福祉への配慮、そして健康志向の高まりがあります。従来の畜産業は、温室効果ガスの大量排出、水資源や穀物消費、森林破壊などの課題が指摘されており、持続可能な食糧供給の観点からも見直しが進められています。こうした状況を受け、欧米を中心に「植物由来の肉」や「代替乳製品」が急速に普及し、さらにアジア市場でも関心が高まりつつあります。
特に注目すべきは、消費者の価値観の変化です。ベジタリアンやヴィーガンだけでなく、肉の消費を減らしながら多様な食生活を楽しむ「フレキシタリアン層」が拡大しており、需要を大きく後押ししています。また、世界的な大手食品メーカーやスタートアップが次々と代替タンパク分野に参入し、投資規模も年々拡大しています。調査会社の報告によれば、プラントベース市場は今後も二桁成長を維持し、数兆円規模に到達すると予測されています。
こうした潮流の中で、次なる注目株として現れたのが「菌糸体食品(マイコプロテイン)」です。植物性原料に加え、微生物や発酵技術を駆使した食品は、味や食感、栄養価の面で従来の代替肉を補完する存在として期待されており、食品業界の大きなテーマとなっています。
2. 菌糸体食品(マイコプロテイン)とは?
菌糸体食品、英語では「Mycoprotein(マイコプロテイン)」と呼ばれるこの新しい代替タンパクは、カビやキノコ類の菌糸体を培養して作られるタンパク質食品です。菌糸体とは、微生物が成長する際に広がる糸状の細胞群で、自然界ではキノコやカビの成長を支える基盤となっています。この菌糸体を食品生産に応用することで、動物性原料に頼らない高タンパク食品を製造できるのです。
マイコプロテインは、特に欧州を中心に注目を集めてきました。代表例としては、イギリスで誕生したブランド「Quorn(クォーン)」があり、肉に近い食感を再現した商品群が世界的に販売されています。菌糸体はタンパク質含有量が高いだけでなく、食物繊維やビタミン類も豊富で、低脂質・低カロリーという特長を持っています。また、消化性やアミノ酸スコアの面でも優れており、栄養バランスに優れた「未来のタンパク源」として期待されています。
さらに環境面でも大きな利点があります。菌糸体は短期間で大量に培養できるため、畜産と比較して土地・水資源・CO₂排出量を大幅に削減できます。これは持続可能な社会の実現に直結する要素であり、国連の持続可能な開発目標(SDGs)にも合致する点です。
ただし注意点もあります。製造過程では「よいカビ」を利用しますが、環境に「毒素を産生するカビ」が混入するとマイコトキシン汚染につながるリスクがあります。そのため、菌糸体食品の安全性を確保するには、発酵環境の厳密な管理が欠かせません。
3. テンペや発酵プロテインなど代表的な商品例
菌糸体食品や発酵技術を用いた代替タンパクは、すでに市場で多くの商品が展開されています。代表例のひとつがインドネシア発祥の「テンペ」です。テンペは大豆をテンペ菌(Rhizopus属のカビ)で発酵させて作られる食品で、豆の栄養をそのままに、高タンパクで消化吸収の良い食品として世界中で親しまれています。日本でも健康志向の高まりとともに、スーパーや専門店で手軽に入手できるようになっています。
もう一つの例が「発酵プロテイン」です。これは豆類や穀物をカビや酵母で発酵させることで、旨味成分や栄養価を高めた食品です。発酵の過程で抗栄養素(例:フィチン酸)が分解され、タンパク質やミネラルの吸収効率が向上するメリットがあります。また、発酵によって特有の香りや食感が生まれるため、単なる「代替肉」を超えた新しい食品カテゴリーとして注目されています。
さらに、近年の食品スタートアップ企業は、菌糸体を利用した「次世代ミート」を次々と開発しています。ハンバーガー用パティ、ソーセージ、チキン風のブロック肉など、多様な商品が登場しており、食感のリアルさや調理のしやすさも進化しています。従来の大豆ミートでは難しかった「ジューシーさ」や「繊維感」を再現できる点が評価され、消費者の受け入れが急速に広がっています。
ただし、こうした食品はいずれも「よいカビ」を活用していることが前提です。製造環境に外来カビが侵入した場合、マイコトキシンによる汚染リスクが生じ、食品の安全性が脅かされる可能性があります。そのため、商品開発や製造現場においては、徹底したカビ管理と衛生対策が欠かせません。
これらの代表的な商品群は、代替タンパクの新しい可能性を示すと同時に、「カビとの正しい付き合い方」が食品産業の未来を左右することを教えてくれます。
『よいカビ』としての麹菌(Aspergillus oryzae)の安全性
日本の食文化を支える麹の歴史
麹(こうじ)は、日本の食文化を語るうえで欠かせない存在です。古くは奈良時代の文献にも記録が残されており、酒や味噌、醤油といった発酵食品の製造に長年活用されてきました。特に「麹菌(Aspergillus oryzae)」は、日本独自の食文化を支える微生物として発展してきた歴史があります。麹菌が生み出す酵素は、米や大豆などのデンプン・タンパク質を分解し、旨味成分や栄養素を引き出します。その結果、和食特有の深い味わいや栄養価の高い食品が生まれ、日本人の健康や食生活を支えてきました。
また、麹は「国菌」としても知られ、2006年には日本醸造学会によって公式に指定されています。これは、長い歴史の中で安全性が確立され、日本人にとって最も身近で信頼できる微生物であることの象徴です。麹の存在がなければ、日本の伝統食品の多くは成り立たなかったといえるでしょう。
GRAS/QPSに相当する国際的評価
麹菌の安全性は、国内だけでなく国際的にも認められています。アメリカでは食品添加物や微生物の安全性を評価する「GRAS(Generally Recognized As Safe)」の概念があり、ヨーロッパでは「QPS(Qualified Presumption of Safety)」という制度があります。麹菌は、これらと同等の安全性が長期的な利用実績から認められており、食品製造に安心して用いることができる微生物として世界的にも高く評価されています。
特に重要なのは、麹菌には「マイコトキシンを産生しない」という特性があることです。同じAspergillus属でも、A. flavusやA. parasiticusのように強力なカビ毒を生み出す種類が存在します。しかし、麹菌A. oryzaeはそれらとは異なる安全な系統であり、何世代にもわたり食品製造に用いられてきたことで、安全性の裏付けが積み重なっています。
国際的な食品研究でも「麹菌は人類が安心して利用できるカビの代表例」とされており、これまでに大規模な健康被害の事例は報告されていません。こうした実績は、現代の新しい発酵食品や代替タンパク開発においても大きな参考となっています。
なぜ麹菌は安心して利用できるのか
麹菌が安心して利用できる理由は、科学的な裏付けと長期の実績に基づいています。まず第一に、麹菌は食品に必要な酵素を大量に生み出す能力に優れており、同時に有害な代謝産物(マイコトキシン)を出さない性質を持っています。この特徴は、他のカビ類とは大きく異なる点です。
第二に、麹を利用する製造プロセスそのものが、食品の保存性や栄養価を高める働きを持っています。例えば味噌や醤油の発酵では、麹菌がつくる酵素が原料を分解し、旨味や香りを生み出すと同時に雑菌の繁殖を抑える環境を整えます。結果として、食品の保存性が向上し、長期的に食べられる安全な食品が完成します。
第三に、麹菌は日本国内における管理・育種が進んでおり、研究機関や企業によって安全な株が選抜されて使用されています。これは、外来のカビや未知の菌をそのまま使うのとは異なり、厳密な管理のもとで利用されていることを意味します。
このように、麹菌は「よいカビ」として長年利用されてきた歴史的・科学的な根拠を持ち、現代の食品産業においても信頼性の高い微生物であるといえます。発酵食品の安心感は、この麹菌の安全性に支えられているのです。
外来カビによるリスクとマイコトキシン問題
マイコトキシンとは何か?
マイコトキシンとは、一部のカビが産生する有毒な二次代謝産物の総称です。人や動物が摂取すると健康被害を引き起こすことがあり、食品安全上の大きな問題となっています。代表的なものには、アフラトキシン、オクラトキシン、フモニシン、トリコテセン類などがあります。これらは発がん性、腎毒性、肝毒性、免疫抑制などの作用を持ち、少量の摂取でも長期的な健康リスクにつながるとされています。
さらに厄介なのは、マイコトキシンが「熱や加工に強い」という点です。通常の調理や加熱では分解されず、食品中に残留する可能性が高いため、一度混入すると完全に除去することは困難です。そのため食品衛生の分野では、発生を「防ぐ」ことが最も重要視されています。農産物の栽培段階から保管、流通、加工に至るまで、カビの侵入を防ぎ、マイコトキシン汚染を未然に防止する取り組みが求められています。
製造環境における外来カビ混入のリスク
菌糸体食品や発酵プロテイン、テンペなどは「よいカビ」を活用して作られる食品ですが、製造環境に外来の「悪いカビ」が侵入すると深刻なリスクにつながります。発酵槽や培養設備の中にマイコトキシン産生菌が混入すると、その食品全体が汚染される可能性があり、商品価値を失うだけでなく、消費者の健康被害にも直結します。
特に注意すべきカビとして、Aspergillus flavus(アフラトキシン産生菌)やPenicillium属の一部があります。これらは農産物や食品工場の環境中にも存在しうるため、発酵食品の製造においては常にリスク管理が必要です。製造現場では、空気中の胞子対策、原料の品質管理、設備の洗浄・殺菌、温度や湿度の徹底管理などが欠かせません。
さらに、国際的な食品規制では、マイコトキシンの基準値が厳しく設定されています。例えばアフラトキシンは、わずか数ppb(10億分の数)というごく微量でも基準を超えると流通できません。こうした基準をクリアするためには、外来カビの侵入を防ぐ「環境制御」が非常に重要となります。
植物ベース食品におけるマイコトキシン事例
植物由来の食品は、マイコトキシン汚染にさらされやすい原料が多いのも現実です。大豆、トウモロコシ、小麦、米などは世界的に主要な穀物であり、同時にマイコトキシン産生カビの汚染を受けやすい作物として知られています。保管中に湿度が高くなると、カビが繁殖しやすく、そこからマイコトキシンが生成されることがあります。
実際に、アフリカやアジアではアフラトキシン汚染が原因で健康被害が報告されており、国際機関も問題視しています。さらに近年の研究では、プラントベース食品の新商品においても、原料や製造工程にカビ管理の不備があれば、同様のリスクが発生しうることが指摘されています。例えばテンペの製造では適切な菌株を使う必要がありますが、もし野生株や異物カビが混入すれば、マイコトキシンの危険性が生じます。
このため、代替タンパク市場の急成長に合わせて、食品安全の観点から「カビリスクの管理」が強く求められています。外来カビの混入は一瞬で信頼を失う要因となるため、食品メーカーにとっては避けて通れない課題です。
食品製造とカビ管理の重要性
発酵食品と安全性確保の両立
発酵食品は、カビや酵母、細菌といった微生物の力を借りて作られる、人類にとって古くからの知恵の結晶です。味噌、醤油、日本酒、チーズ、ヨーグルト、テンペなど、世界中の食文化に欠かせない存在となっています。しかし、これらの食品が「安全に食べられる」ことは偶然ではなく、長年にわたる微生物の選択と管理の成果です。
現代の食品製造では、消費者の安全を守るために「よいカビ」と「有害なカビ」を明確に分けることが大前提となっています。例えば麹菌は食品に適した安全な菌として利用されますが、外来の毒素産生カビが入り込めばマイコトキシン汚染のリスクが一気に高まります。つまり、発酵食品は「微生物の恵み」であると同時に、適切な管理がなければリスク食品にもなり得るのです。
発酵の魅力と安全性の両立は、食品メーカーにとって最大の使命であり、カビ管理はその根幹を支える要素といえます。
衛生環境の整備とモニタリングの必要性
食品製造の現場では、衛生環境の徹底が欠かせません。特に発酵食品を扱う施設では、温度・湿度管理、空気中の浮遊胞子対策、設備の定期的な洗浄・殺菌が必須です。カビは目に見えない胞子として広がるため、環境中の「どこから侵入してくるのか」を想定した防御策が求められます。
また、製造環境の「モニタリング(監視)」も重要です。空気サンプルや表面拭き取り検査を行い、外来カビや雑菌の存在を早期に把握する仕組みを整えることが推奨されています。問題が小さいうちに対応できれば、製品の汚染や出荷停止といった大きな損害を防ぐことができます。
さらに、原料の保管方法も見逃せません。湿度や温度が不適切だとカビが繁殖し、そこからマイコトキシンが生成されてしまいます。仕入れ段階から原料の品質チェックを徹底することで、最初からリスクを減らす取り組みが必要です。
消費者が安心して選ぶためのポイント
食品メーカーが安全性に取り組むことは当然ですが、消費者もまた「安心して選ぶ視点」を持つことが大切です。購入時には、信頼できるメーカーかどうか、品質管理や衛生対策について情報発信をしているかどうかを確認すると安心です。特に新しい代替タンパク食品や発酵食品は市場拡大の途上にあり、商品によって管理体制に差が出やすい分野です。
また、自宅での保存方法も安全性に関わります。冷蔵・冷凍の温度管理を怠ったり、開封後に長期間放置すると、カビが繁殖するリスクがあります。ラベル表示の保存方法や賞味期限を守ることは、最も基本的で効果的な対策です。
もし食品に異臭や変色、カビの発生を見つけた場合は、迷わず廃棄することが推奨されます。「少しなら大丈夫」と食べてしまうのは、マイコトキシンの特性を考えると非常に危険です。消費者一人ひとりが正しい知識を持つことが、安全な食生活につながります。
まとめ:菌糸体食品の未来と安全な発展のために
よいカビと悪いカビを正しく見分ける重要性
菌糸体食品や麹を用いた発酵食品の可能性は非常に大きく、代替タンパク市場の成長をさらに後押しする存在となっています。しかし、その安全性は「どのカビを使うか」に大きく左右されます。麹菌のような「よいカビ」は人類の食文化を豊かにし続けていますが、一方で外来の「悪いカビ」はマイコトキシンを生み、健康被害に直結する危険があります。よいカビと悪いカビを正しく区別し、製造や保存の段階で管理することは、食品業界にとって最も大切な責任といえるでしょう。
新しい食品産業の可能性と課題
菌糸体食品(マイコプロテイン)やテンペ、発酵プロテインは、従来の植物性タンパク食品の限界を補う存在として注目されています。栄養価や食感、環境負荷低減といったメリットは、持続可能な食生活を実現する大きな鍵です。しかし、その一方で、急速な市場拡大に伴い「安全管理が十分でない商品が出回るリスク」も懸念されています。特に小規模メーカーや新興企業は、品質管理体制が整っていない場合もあり、外来カビによる汚染が発生すれば信頼を失う可能性があります。新しい食品産業が本当に根付くためには、技術革新と同時に「徹底した安全管理」が欠かせません。
カビ問題で不安を感じたときの相談先
菌糸体食品や麹を使った発酵食品は、未来の食を支える重要な存在ですが、カビの管理を誤れば消費者の健康に影響を与える可能性があります。もし製造現場や家庭で「カビの臭いが気になる」「保存中にカビが生えてしまった」「マイコトキシン汚染のリスクが心配」などの不安を感じることがあれば、早めに専門的な知識を持つ相談先に問い合わせることが大切です。適切な情報と対策を得ることで、食品の価値を守り、安全・安心な食生活を実現できます。