賃貸住宅でカビが出たとき、必ず出てくるのが「これは誰の負担なのか」という問題です。連載「場所別のカビ対策」の最終回は、国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」に示されている考え方をもとに、貸主と借主の責任がどこで分かれるのかを整理します。
1. 「原状回復」は、入居時に戻すことではない
まず前提から。ガイドラインのQ&Aでは、賃貸借における原状回復について、賃借人が入居時の状態に戻すということではないと明記されています。判例・学説の多数は、契約により定められた使用方法に従い、かつ社会通念上通常の使用方法により使用していた状態であれば、使用開始時の状態よりも悪くなっていたとしても、そのまま賃貸人に返還すればよいとしています。
したがって、汚損や損耗が経年変化による自然的なものや通常使用によるものだけであれば、特約が有効である場合を除き、賃借人がその費用を負担することにはならない、という整理になります。

2. カビは、どちらの負担になるのか
ここからが本題です。ガイドラインのQ&A「Q10 賃借人の善管注意義務とはどういうことですか」には、カビと結露が名指しで出てきます。
賃借人は、賃借物を善良な管理者としての注意を払って使用する義務を負っています(民法400条)。そして通常の掃除を怠ったことによって、特別の清掃をしなければ除去できないカビ等の汚損を生じさせた場合は、善管注意義務に違反して損害を発生させたことになると考えられる、とされています。さらに飲み物をこぼしたままにする、あるいは結露を放置するなどにより物件にシミ等を発生させた場合も同様とされています。
一方で、同じQ10には次の記載もあります。物件や設備が壊れたりして修繕が必要となった場合は、賃貸人に修繕する義務がある。ただし賃借人はそのような場合、賃貸人に通知する必要があるとされており、通知を怠って物件等に被害が生じた場合には、損害賠償を求められる可能性もあるとされています。

表1 場面ごとの整理
| 場面 | ガイドラインの考え方 |
|---|---|
| 雨漏り・配管の漏れなど、設備の不具合が原因 | 物件や設備が壊れて修繕が必要となった場合は、賃貸人に修繕する義務があるとされる |
| 通常の掃除を怠り、特別の清掃が必要なカビ等の汚損が生じた | 賃借人は善管注意義務に違反して損害を発生させたことになると考えられる |
| 結露を放置してシミ等を発生させた | 同上。善管注意義務に違反して損害を発生させたことになると考えられる |
| 不具合に気づいたのに通知しなかった | 通知を怠って被害が生じた場合には、損害賠償を求められる可能性もあるとされる |
| 経年変化・通常使用による範囲の汚損 | 特約が有効である場合を除き、賃借人が費用を負担することにはならない |
出典:国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」Q&A(Q5・Q10)
ここで大事なのは、「カビが出たかどうか」ではなく「原因と経過がどうだったか」で分かれているという点です。結露しやすい建物であっても、放置した経過があれば話が変わりますし、逆に建物側の不具合であれば賃貸人の修繕義務の話になります。だからこそ、記録が効いてきます。
3. 負担する場合も、範囲には考え方がある
賃借人が負担するとなった場合でも、全面的な張替え費用をそのまま負担するとは限りません。Q&Aでは、壁クロスについて㎡単位が望ましいとしつつ、やむをえない場合は毀損箇所を含む一面分の張替え費用を賃借人の負担とすることが妥当とされています。また、賃借人が負担すべき原状回復費用は経過年数および通常損耗を考慮した状態にすることが前提であり、高級品のクロスの使用などグレードアップの費用を負担する必要はないとされています。
表2 特約と明細について
| 論点 | ガイドラインの考え方 |
|---|---|
| 賃借人に不利な特約は常に有効か | [1]特約の必要性があり、かつ暴利的でないなどの客観的・合理的理由が存在すること [2]賃借人が通常の原状回復義務を超えた義務を負うことを認識していること [3]賃借人が義務負担の意思表示をしていること、を満たす必要があると解される |
| 退去時にサインしてしまった場合 | 単に損傷があることの確認であれば費用負担を了承したものではないと考えられ、故意・過失等によらない損傷まで負担する理由はないとして主張することができる |
| 費用の明細 | 賃貸人は敷金から差し引く原状回復費用の具体的根拠を明らかにする必要があり、賃借人は内容・内訳の明細を請求し説明を求めることができる |
出典:国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」Q&A(Q3・Q7・Q13・Q14・Q17)
4. もめないための5つの行動
Q&Aの冒頭(Q1)では、退去時はもちろん入居時にも賃貸人・賃借人双方が立ち会い、部屋の状況を確認しチェックリストを作成しておくことが大切とされ、写真を撮るなどして物件の状況を確認しておくことがトラブルを避ける有効な方法と説明されています。カビの話でも、これがそのまま効きます。

文部科学省のカビ対策マニュアルでも、発生した日時・場所・状態と写真の記録が勧められています。住まいの記録と、賃貸借の記録は、実は同じものです。
入居中にカビの申し出があった場合、原因が建物側にあるかどうかの確認は早いほど選択肢が残ります。壁の中や床下まで進んでいれば、清掃では戻りません。原因の切り分けと範囲の把握を先に行うことで、修繕の範囲と負担の話が具体的になります。
5. まとめ ― 連載を終えて
- 原状回復は入居時に戻すことではない。通常使用・経年変化の範囲は、特約が有効な場合を除き賃借人の負担にならない
- 通常の掃除を怠って生じたカビ、結露を放置して生じたシミは、善管注意義務違反にあたると考えられている
- 設備の不具合による場合は賃貸人に修繕義務。ただし賃借人には通知が求められる
- 入居時・退去時の立会いと写真、そして日々の記録が、どちらの立場でも一番効く
第1回 浴室・脱衣所のカビ|水を使う部屋で再発が止まらない理由
第2回 エアコンと24時間換気|空気の入口と出口を点検する
第3回 窓・サッシ・カーテンのカビ|結露の最前線で何が起きているか
第4回 キッチンと食品まわりのカビ|食品と一緒にある場所でどう判断するか
第5回 床下・基礎まわりのカビ|見えない場所の水の出所をさがす
第6回 賃貸住宅のカビ|貸主・借主の責任はどこで分かれるか(本記事)
原因の切り分けや範囲の把握が必要な場合は、カビ菌検査や現地調査もご相談いただけます。処置の考え方はMIST工法®のページをご覧ください。費用は建物の状態によって変わるため、現地調査のうえでのお見積りとなります。












