賃貸住宅でカビが出たとき、いちばん多い質問は「これは誰が負担するのか」です。退去時に高額な請求を受けたという話も、逆に借主の使い方が原因なのに大家が負担しているという話も、どちらも聞きます。
この判断には、国土交通省が公表している「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」という文書があり、カビについても具体的な記述があります。この記事では、その中身を整理します。
結論
- カビそのものではなく、「放置したかどうか」で分かれます。ガイドラインは「結露を放置したことにより拡大したカビ、シミ」を、通常の使用を超えるものと判断しうる例として挙げています。
- 「貸主に通知したか」が明確な分かれ目です。結露が出ていることを伝えず、拭き取るなどの手入れもせず、壁を腐食させた場合が問題とされています。
- ただしガイドラインに法的拘束力はありません。国土交通省自身が「賃貸借契約締結時において参考にしていただくもの」とし、既に契約している場合は「契約内容に沿った取扱いが原則」としています。
まず前提:ガイドラインの位置づけ
「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」は、国土交通省住宅局が公表している文書で、最新は平成23年(2011年)8月の再改訂版です。
重要なのは、これが法律ではないという点です。国土交通省のページには「賃貸借契約締結時において参考にしていただくもの」と記され、すでに契約を締結している場合については「現在の契約書が有効なものと考えられますので、契約内容に沿った取扱いが原則です」と明記されています。
つまりまず自分の契約書を読むのが先で、ガイドラインは考え方の物差しという順番になります。
原状回復とは何か
ガイドラインは、原状回復を次のように定義しています。
賃借人の居住、使用により発生した建物価値の減少のうち、賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損を復旧すること
ここで押さえるべきは、「入居時の状態に戻すこと」ではないということです。普通に住んでいれば起きる劣化(通常損耗・経年変化)は、この定義に含まれていません。
4つの区分
ガイドラインは、損耗を次のように区分しています。
- A区分:通常の住まい方でも発生するもの → 貸主負担
- B区分:住まい方次第で発生するもの → 借主負担の対象
- A(+B)区分:通常発生するものだが、管理が悪く拡大したと考えられるもの
- A(+G)区分:通常発生するものだが、グレードアップの要素があるもの
カビが関わるのは、主にA(+B)区分です。
カビはどこに入るのか
ガイドラインは、A(+B)区分の例として「結露を放置したことにより拡大したカビ、シミ」を挙げ、次のように説明しています。
賃借人が結露が発生しているにもかかわらず、賃貸人に通知もせず、かつ、拭き取るなどの手入れを怠り、壁等を腐食させた場合には、通常の使用による損耗を超えると判断される
この一文には、判断の要素が3つ入っています。
- 結露が発生していたこと
- 賃貸人に通知しなかったこと
- 拭き取るなどの手入れを怠ったこと
逆に読めば、通知していれば、あるいは手入れをしていれば、判断は変わりうるということです。「カビが出た=借主の責任」ではありません。
分かれ目は「通知」と「手入れ」
ここが実務上いちばん大事な点です。結露は建物の断熱性能や構造にも左右される現象で、住み方だけで完全に防げるものではありません。
だからこそ、ガイドラインは結露が起きたこと自体ではなく、その後の対応を問題にしています。借主の立場でできることは、次の2つです。
- 気づいた時点で管理会社・貸主に伝える。できれば書面やメール、チャットなど記録に残る形で。口頭だけだと後から証明できません。
- 拭き取り、換気などの手入れをする。やったことを写真や日付で残しておくと、状況の説明がしやすくなります。
「言っても直してくれないから」と諦めて放置してしまうケースをよく見ますが、伝えた記録が残っているかどうかで、後の話が変わります。
畳・クロスについての記載
カビとあわせて問題になりやすい部位についても、区分が示されています。
- 畳の裏返し・表替え(破損がなく、次の入居者確保を目的とするもの):A(+G)区分
- 畳の変色・色落ち(日照や構造欠陥が原因のもの):A区分
- タバコ等のヤニ・臭い:B区分。「通常の使用による汚損を超えるものと判断される場合が多い」とされています
畳のカビについては、手入れの方法と、やってはいけない処置を別記事にまとめています。塩素系漂白剤で畳表が脱色すると、それ自体が新たな負担の対象になりかねません。
なお、実際に伝えるときの手順や、入居時に撮っておくべき場所、管理会社への連絡文例は、賃貸でカビが出たときの伝え方|記録の残し方と管理会社への連絡文例にまとめています。
建物側に原因がある場合
次のような場合は、住まい方の問題として片付けられない領域です。
- 漏水・雨漏りが原因:建物の不具合です。
- 断熱の欠損や構造上の問題:特定の壁だけが極端に冷え、何をしても結露する場合。
- 24時間換気が機能していない:2003年7月以降に着工した住宅には設置が義務づけられています。設備側の不備であれば貸主の管理範囲です。
- 入居直後から発生:前の入居者の状態が残っている、あるいは建物側の要因が考えられます。
いずれの場合も、まず記録を残して通知するという手順は同じです。
貸主・管理会社の側から見ると
この構図は、貸主側にとっても他人事ではありません。通知を受けたのに対応しなかった場合、その後に拡大した分について借主に負担を求めるのは難しくなります。
また、カビは健康影響が指摘されている領域でもあり、退去後の原状回復費用だけの問題では終わらないことがあります。連絡を受けた段階で原因を切り分けるほうが、結果的に費用は小さく済みます。
よくある質問
Q. 退去時にカビの除去費用を全額請求されました。妥当ですか。
A. 妥当かどうかは契約内容と経緯によります。ガイドラインは通常損耗・経年変化を借主負担に含めない考え方を示していますが、法的拘束力はありません。金額や区分に納得がいかない場合は、お住まいの自治体の消費生活センターや専門家にご相談ください。
Q. 結露は毎日拭いていました。それでもカビが出ました。
A. ガイドラインが問題にしているのは「通知もせず、手入れも怠った」場合です。手入れをしていた事実と、伝えた記録が残っていることが説明の材料になります。
Q. 入居時からカビ臭かったのですが。
A. 入居時の状態は、後から証明するのが難しくなります。入居の際に気になる点があれば、写真と日付を残し、早めに管理会社へ伝えておくことをお勧めします。
まとめ
賃貸のカビをめぐる負担は、カビが出たかどうかではなく、その後どうしたかで分かれます。国土交通省のガイドラインが挙げているのは「結露を放置したことにより拡大したカビ、シミ」であり、判断の要素として「通知しなかったこと」「手入れを怠ったこと」が示されています。
借主の立場でも、貸主の立場でも、やることは同じです。気づいた時点で伝え、記録を残し、原因を切り分ける。先送りするほど、負担も費用も大きくなります。
参考資料(一次情報)
- 国土交通省住宅局「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」平成23年8月
- 国土交通省「『原状回復をめぐるトラブルとガイドライン』について」(賃貸借契約締結時において参考にしていただくもの/既契約は契約内容に沿った取扱いが原則)
- 建築基準法施行令第20条の8(機械換気設備の必要換気回数:住宅等の居室0.5回/h。平成15年7月1日施行)
※当社はカビ取り・カビ対策の専門会社であり、法律の専門家ではありません。本記事は公表されているガイドラインの内容を整理したものです。個別の契約や金銭の争いについては、契約書をご確認のうえ、消費生活センターや弁護士等の専門家にご相談ください。












