「部屋に入ると頭が重くなる」「この部屋だけにおいが違う」。においと体調がセットで語られることは多いのですが、においだけで原因を決めることはできません。連載の最終回は、においを手がかりとして使いながら、カビ側の話と建材・化学物質側の話をどう切り分けるかを整理します。
1. においから言えること、言えないこと
においは、変化に気づくためのセンサーとしては優秀です。「いつからか」「どこで強いか」は、発生源をさがす手がかりになります。一方で、においの強さと体への影響の大きさは、同じ物差しではありません。
ごく微量でも感じ取れる物質があることは、水道水の基準からも分かります。環境省の水質基準では、かび臭の原因物質であるジェオスミンと2-メチルイソボルネオールが、いずれも0.00001mg/L以下と定められています。逆に、においがないからといって濃度が低いとも限りません。厚生労働省の建築物環境衛生管理基準の測定項目にも、臭気は含まれていません。

2. カビ側のにおいと、建材・化学物質側のにおい
住まいのにおいの相談は、大きく2つの系統に分かれます。どちらなのかで、次にやることがまったく変わります。
表1 2つの系統の違い
| 項目 | カビ側 | 建材・化学物質側 |
|---|---|---|
| きっかけになりやすい出来事 | 漏水・結露・浸水、季節(梅雨・雨天)、換気の停止 | 新築・リフォーム・家具や内装の入れ替え |
| 強くなる条件 | 湿度が高いとき、閉め切ったとき | 温度が高いとき、締め切ったとき(放散が進む) |
| 探し方 | 空気が動かず冷える面のある場所。カビ臭の正体で扱った5か所を確認する | いつ・何を入れたかを時系列で整理する |
| 公的な数値の有無 | 室内のカビ濃度に法令上の基準はない(建築物環境衛生管理基準の測定7項目にカビは含まれない) | 室内空気中化学物質の室内濃度指針値が示されている |
| 次にやること | 水の出所を特定する。除去だけでは繰り返す | 換気を確保し、必要に応じて測定を検討する |
出典:厚生労働省「建築物環境衛生管理基準」「室内空気中化学物質の室内濃度指針値」、文部科学省「カビ対策マニュアル」
3. 化学物質側には、数値の目安が公開されている
厚生労働省は、室内空気中化学物質について室内濃度指針値を示しています。令和7年1月17日付の通知では、次のような値が挙げられています(主なもの)。
表2 室内濃度指針値(抜粋)
| 物質名 | 指針値 |
|---|---|
| ホルムアルデヒド | 100μg/m³(0.08ppm) |
| アセトアルデヒド | 48μg/m³(0.03ppm) |
| トルエン | 260μg/m³(0.07ppm) |
| キシレン | 200μg/m³(0.05ppm) |
| エチルベンゼン | 370μg/m³(0.085ppm)※令和7年1月17日改定 |
| スチレン | 220μg/m³(0.05ppm) |
| パラジクロロベンゼン | 240μg/m³(0.04ppm) |
| 総揮発性有機化合物量(TVOC) | 暫定目標値 400μg/m³ |
出典:厚生労働省「室内空気中化学物質の室内濃度指針値について」(令和7年1月17日 医薬発0117第1号)。上記は一覧の一部で、ほかにテトラデカン、クロルピリホス、フェノブカルブ、ダイアジノン、フタル酸ジ-n-ブチル、フタル酸ジ-2-エチルヘキシルについても指針値が示されています。
注意したいのは、これらは物質ごとの空気中濃度の指針であって、体調の診断基準ではないということです。数値を満たしていれば誰も何も感じない、という性質のものではありません。
4. 切り分けのために記録しておくこと
厚生労働省の「科学的根拠に基づくシックハウス症候群に関する相談マニュアル(改訂新版)」では、聴き取り項目として症状が強くなるのは・よくなるのはどのようなときか、暖房器具や設備、住宅内での生活習慣が挙げられています。文部科学省のカビ対策マニュアルでも、発生した日時・場所・状態と写真の記録が勧められています。
においについても、同じ考え方が使えます。次の5つをメモしておくと、医療機関でも、調査を依頼する場合でも、話が早くなります。

5. 相談先は役割で分かれている
においと体調の問題がややこしいのは、ひとつの窓口で完結しないからです。体調のことは医療機関、地域の相談は保健所や自治体の窓口、建物のことは建築や調査の事業者と、役割が分かれています。

消臭剤や芳香剤でにおいを感じにくくしても、原因そのものが減ったわけではありません。カビ側であれば、水の出所を断たない限り繰り返します。文部科学省のカビ対策マニュアルにも、除菌だけでは十分な処置とならず、環境を改善しない限りカビ被害が繰り返されるという趣旨の記載があります。
6. まとめ ― 連載を終えて
- においは変化を知る手がかりにはなるが、正体・濃度・症状の原因までは分からない
- カビ側か建材・化学物質側かで、次にやることが変わる。時期・場所・天候・換気・水濡れの歴史で切り分ける
- 化学物質側には室内濃度指針値が公開されている。ただし体調の診断基準ではない
- 体調は医療機関、建物は調査、というように役割で相談先を分ける
第1回 カビとアレルギー|ぜん息・アレルギー性鼻炎と室内アレルゲンの基礎
第2回 室内の湿度と体調|結露が起きる家で何が起きているか
第3回 免疫が下がっているときのカビ|日和見感染の基礎と、家庭でできる備え
第4回 子ども・高齢者とカビ|寝室・寝具・押し入れの環境づくり
第5回 シックハウスとにおい|体調とにおいの関係をどう切り分けるか(本記事)
においの発生源が特定できない場合や、壁の中・床下が疑われる場合は、カビ菌検査や現地調査もご相談いただけます。処置の考え方はMIST工法®のページをご覧ください。費用は建物の状態によって変わるため、現地調査のうえでのお見積りとなります。












