連載「カビの基礎知識」の最終回です。テーマは、いちばん実務的な問い。掃除で落ちるカビと、落ちないカビの境目はどこにあるのか。
結論を先に言います。
- 落ちる可能性があるのは、表面が堅牢な素材の、表面にとどまっているカビです。
- 落ちないのには3つの中身があります。内部に入っている/色素として残る/カビ痕として残る。
- そして最も重要な点。除菌だけでは十分な処置とはならず、環境を改善していかない限りカビ被害は繰り返されます。
1. 「落ちない」の3つの中身

① 内部に入っている
第9回で見たとおり、水を吸う素材では菌糸が内部まで届きます。表面を拭いても、出どころは残ったままです。同じ輪郭で再発するのは、たいていこのパターンです。
② 色素として残る
文部科学省「カビ対策マニュアル」基礎編は、色素や着色胞子の除去が困難であること、そして材料が受けた変化は不可逆であることを述べています。菌が処置されても、色だけが残ることがあります。第5回で扱った「白くなった=取れた、ではない」の裏返しです。
③ カビ痕として残る
同マニュアルのQ&Aは、資料に残る古いカビ痕について物理的に資料が破壊されて生じている場合が多く、目立たなくする処置はとても繊細な修復作業だとしています。光沢のある表面にできたカビ痕の除去は「かなり難しい」とも述べられています。ここまで来ると、掃除ではなく修復の領域です。
2. 落ちる場合:表面が堅牢なとき
同マニュアル実践編は、表面が堅牢な資料の場合には除菌可能とし、手順を示しています。住まいの場面にそのまま当てはまるわけではありませんが、考え方の順序として参考になります。

表1 手順と、その理由
| 手順 | やること | 理由 |
|---|---|---|
| 区画する | 汚染が拡大しないよう、廃棄できる素材で作業区画を仕切る | 持ち運びや作業で被害が拡大することが多いため |
| 記録する | 処置の前に写真を撮る | 再発したときに「同じ場所か」を判断できる |
| 吸引しながら | 掃除機や空気清浄機を近傍に静かに配置する | 舞い上がった胞子をその場で回収するため |
| 局部的に取り除く | 綿棒や布にアルコールを浸して局部的に。色落ちが心配ならやわらかな筆で払う | 広く塗り広げると汚染が広がるため |
| 保護具をつける | 薬剤を使わない場合は防塵マスク、使う場合はその薬剤に対応したもの | 胞子は殺菌してもアレルゲンであるため |
出典:文部科学省「カビ対策マニュアル」実践編3-6、同Q&A(防護用品の項)をもとに整理。文化財の取り扱いを前提とした手順であり、住宅への適用は状況によります。
逆に、やってはいけないこととして繰り返し出てくるのが噴霧器の使用です。胞子があると噴霧の勢いで吹き飛ばし、汚染を拡大する原因になると明記されています。スプレーで広く吹きかける、という発想がなぜ勧められないのか。理由はここにあります。
また、除湿についても注意が書かれています。大気の除湿を進めるとカビの活性が落ちて払いやすくなる一方で、乾燥した胞子が飛散しやすい状態にもなるとされています。除湿しながら作業する場合は、区画と空気の清浄化を同時に考える必要がある、ということです。
3. いちばん大事な一文
実践編3-6には、この連載の結論にあたる記述があります。
除菌だけでは十分な処置とはならず、環境を改善していかない限りカビ被害が繰り返されることになる。
第2回で見たとおり、カビの4条件のうち私たちが実際に断てるのは水分だけです。第3回・第4回で見たとおり、その水分は空気の湿度と、面の温度で決まります。掃除は、そこに手を付けない限り、繰り返しになる。掃除が無駄という意味ではなく、掃除だけでは終わらないという意味です。
4. 相談を考えたほうがよい場合
表2 ご自身で対応する/相談するの目安
| 状況 | 考え方 | 次の一手 |
|---|---|---|
| 拭ける素材・狭い範囲・初めて | 表面にとどまっている可能性がある | 保護具をつけて局部的に。あわせて水の出所を確認 |
| 吸う素材・面で広がっている | 内部に入っている可能性がある | 範囲の把握が先。必要に応じて検査 |
| 同じ場所で繰り返している | 水分条件が断ててない | 原因の特定が先。表面処置は後 |
| 範囲が広い/高所・床下など | 作業自体のリスクがある | 無理をせず相談 |
| ご家族に体調面の心配がある | 優先度が上がる | 医療機関への相談と並行して進める |
出典:文部科学省「カビ対策マニュアル」実践編・Q&A(局部的に取り除けるか検討、一般的には専門の修復作業者に委託するのが安全)をもとに整理。
同マニュアルのQ&Aは、資料本体にカビが生えた場合について一般的には専門の修復作業者に委託するのが安全としつつ、長期間放置すると被害が広がるおそれがあるので、局部的に取り除けるかどうか検討するとよいとも述べています。全部を任せるか、全部を自分でやるか、の二択ではありません。
5. 連載「カビの基礎知識」全10回のまとめ

- 第1回 カビとは何か|菌糸・胞子・生活環の3つを知ると、対策の順番が変わる
- 第2回 カビが育つ4つの条件|水分・栄養・温度・酸素のうち、実際に断てるのはどれか
- 第3回 水分活性(Aw)と相対湿度の違い|「湿度60%」がカビ対策の基準になる理由
- 第4回 結露はなぜ起きるのか|露点と飽和水蒸気量から見るカビの発生
- 第5回 黒カビ・青カビ・白カビ|色から分かること、分からないこと
- 第6回 カビと間違えやすいもの|白い結晶・クモの糸・酵母・細菌との見分け方
- 第7回 カビ臭の正体|「臭うのに見当たらない」が起きる仕組み
- 第8回 カビと健康|アレルゲンと日和見感染の基礎、受診を考えるべきサイン
- 第9回 素材で変わるカビの入り方|木材・石膏ボード・壁紙・コンクリート・繊維
- 第10回 掃除で落ちるカビ・落ちないカビ|表面汚染と内部浸透の境目(この記事)
まとめ
- 落ちる可能性があるのは、表面が堅牢な素材の、表面にとどまっているカビ。
- 落ちないのは、内部に入っている・色素として残る・カビ痕として残る、の3通り。
- 作業は、区画→記録→吸引しながら→局部的に、の順。噴霧器は使わない。
- 除菌だけでは十分な処置とはならず、環境を改善しない限り繰り返す。
- 断てるのは水分。掃除の前後で、水の出所を確認する。
10回にわたってお読みいただき、ありがとうございました。この連載は、カビを感覚ではなく条件で考えるための土台としてまとめたものです。目の前の一点をどうするかではなく、その一点がなぜそこに出たのかを考える。そこから対策の順番が決まります。
拭いて済むのか、内部まで入っているのか。この切り分けは、現地での確認と必要に応じた検査で判断します。工事の判断に進む前の段階でご相談いただければ、確認すべき順番からお伝えできます。
【参考・出典】文部科学省「カビ対策マニュアル」基礎編・実践編3-6・Q&A、厚生労働省「建築物環境衛生管理基準」(空気環境の調整)。本記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の状況の診断ではありません。体調面のご心配は医療機関にご相談ください。費用や工法は現地調査のうえで判断します。












